寺社仏閣 御朱印の旅

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一人で生きていかなくてもいいんです。 - asato URL

2014/07/10 (Thu) 23:18:35


私の体験は、ものすごい話かもしれません。
母子家庭で4歳の娘がいて、何も買ってあげられなかったんです。
私の生き方は、ある方法で、すべて変わりました。
振込みをお願いするだけで、即日大金を手に入れることができてしまいました。
誰も後悔しないと思いますよ!
もしよければ、あなたもやってみてください。
今すぐあなたも連絡してみませんか?

こんなことってあるんだね - 真鳥 URL

2014/06/07 (Sat) 16:41:30

ふとブログを発見してどうせ嘘なんだろうなと思って連絡してみたらすぐに3000万もらえました。
必要ならもっと支援するって言われたけど、こんな事って本当にあるんだね!
なんか私以外にも受け取ってる人がいるみたいだし、今だったらまだ受け取れると思うから困ってるなら連絡してみたら!

連絡先も教えておくね!
ちなみに相手は女性だよ。

友達から聞いたんだけど - 亜樹恵 URL

2014/05/27 (Tue) 23:40:01

信じられないけど、なんの見返りもなく800万もらえたみたい。
私も連絡してみようと思うけど、よかったらどうぞ♪

なんか1000万までは無条件でもらえるみたいだよ!

私も受け取れました! - 沙樹 URL

2014/05/27 (Tue) 23:03:19

こんなことってあるんだなぁと今でも思ってます。
だって1000万ですよ!

銀行に行ってびっくりです。
借金もあったので、おかげで生活がすごく楽になります。

よかったらみなさんもどうぞ!

また10、滋賀の旅 - モリゾーのひとり言

2013/12/06 (Fri) 21:58:07

ようやく紅葉の季節が来て、今年は滋賀県を中心に、びわ湖108霊場の中で紅葉の名所を訪れようと旅の計画。地元の寺宝展の無料シャトルバスも利用し、行ってきましたよ~

すみません - モリゾーじいさん

2013/12/07 (Sat) 12:39:20

ただいま編集中です。しばらくお待ち下さい。

移動しました。 - モリゾーじいさん

2013/12/08 (Sun) 12:29:17

今回の「また10、滋賀の旅」は、「寺社仏閣 ご朱印の旅」(http://gosyuinnnotabi.bbs.fc2bbs.net/)へ移動することになりました。
過去にご覧いただいた方々(といっても、身内だけですが。。。)、ありがとうございました。
また、これからも上記のURLでよろしくお願い致します。

日本に恩恵を施してきた中国 - うさぎ

2013/11/26 (Tue) 18:34:00

日本に恩恵を施してきた中国

http://park.geocities.jp/jpcdebate/0203/p034.html#page225

「元寇」はモンゴル人の仕業だったのだ。

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p032.html )

( http://book.geocities.jp/japan_conspiracy/0102/p004.html )

また9、滋賀の旅 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:28:57

11月中旬。あいかわらず、びわ湖108霊場を巡礼し、今回は、奥びわ湖と呼ばれる余呉湖周辺の霊場を散策。といっても、バスの路線は数時間に1本というローカル線ならではの不便さ。なので、偶然にも手に入れた駅前のパンフレットに載っている旅行会社のツアーに“観音めぐり”というのがあり、申し込み。行ってきましたよ~

大吉寺 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:30:16

名古屋から長浜駅に到着し、浅井支所行きのバスで約30分。「野瀬」バス停で下車し、大吉寺を目指す。前回の長尾寺のように、古民家が並ぶ小路を抜け、下之森神社という社があったのでお参りし、次第に山林へと景色が変わる、緩やかな上り坂を進んでいく。
途中、1台の車が通りすぎ、私の数歩先で停車して窓を開け、声を掛けてくる。
「どこまで行くの?」
「大吉寺まで御朱印をもらいに行きます」
「・・・」
車はそのまま走り去り、「?」何だったのか。
心配して声を掛けてくださったのか、もしくは追剥か、とも思ったが、何はともあれ何事もなく再び歩いていく。昼間にもかかわらず、杉林が周りを取り囲んでいるので暗く、クマでも出てきそうな雰囲気。気合を入れ、上がっていくと、大吉寺と上之森神社の石碑が建っていて、奥へと参道が続き、燈籠が両側に並んでいる。
山門にたどり着くと、見下ろした場所に駐車スペースがあり、数台の車が駐車していて、道路を補修している工事関係の人が作業をしている。
な~んだ、先ほどの“声かけ”は私を工事関係者と見間違えたのだと納得&安心し、山門をくぐる。境内の先には庫裡があり、玄関を開けて訪ねてみると、誰もいない様子。目の前にある書置きのびわ湖108霊場の御朱印をもらい、志納し、冊子もいただく。
冊子には天吉山の見取り図が書かれていて、ここから階段を登れば本堂がある。本堂まで登ると、ただ静寂だけが周りを包み、遠くで工事の音が聞こえるだけ。当然、人がいないから、本尊の聖観音さんを拝むことはできないが、本堂前で手を合わせる。
昔は、本堂が今ある場所からさらに400mほど登ったところにあり、天吉寺と呼ばれていたらしい。冊子によると、平安末期に起こった源平の争乱に、源氏は敗北し、東国に落ち延びた一行から逸れた、当時13歳の頼朝が、草野定康という人物の助けにより、大吉寺に難を逃れ、やがて、天下が鎮まって、頼朝によって寺領の寄進が下されたとある。その本堂跡には、頼朝の供養塔が建てられ、その写真が掲載されていて「へぇ~」とうなずく。
さて、上之森神社の社もお参りし、バス停までもと来た道を戻るが、時間までまだまだ余裕がある。浅井支所まで歩いて戻るにも、かなり距離があるので、とりあえず、バス運賃を少しでも安くするため、バス停からバス停へと歩いてみる。その行動がいつの間にか、1時間と30分も歩いてしまい、結局、浅井支所から2件前のバス停にたどり着き、意外と歩けるものだなと妙に満足。あとで万歩計を調べたら、1万5千歩も歩いていて驚きました。

木之本地蔵院 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:31:24

長浜駅近くのホテルで宿泊し、翌日、いつもより遅いチェックアウト。JR北陸線木之本駅に下車すると、観光ツアーの出発時間までまだ1時間30分はある。それまで、駅から5分ほどにある木之本地蔵院へ。“門前町”のような、“宿場町”のような雰囲気の軒が並び、緩やかな坂を上っていくと、境内に面して北国街道が横切っていて、その街道から大きな地蔵仏が建っているのが見える。
境内に入ると、奉納の列が続き、御祈祷の縁日があるのだろうか、テントが貼ってある。大きな本堂に上がり、本尊の地蔵菩薩に手を合わせる。
本尊の地蔵尊は、縁起によると、大阪の難波の浦に流れついた地蔵があまりに金光を放つので、霊験新たかであると、その地に伽藍を建立し、その後、参詣者が絶えなかったという。が、地蔵菩薩は二仏中間の仏であるので、仏法の御縁が深い地に安置したほうがいいんじゃないか、ということで、奈良薬師寺の、そ(漢字がパソコンから拾えない字:示すに隹)蓮上人(それんしょうにん)が有縁の地を求めて行脚し、北国街道を下って、この木之本の地に来た。そこで柳の大木で休憩していると、地蔵さんは前にも増して金光を放たれ、この地の者の病や災難が消えていき、ここにおいて、伽藍を建立したとのこと。(冊子参照)
境内にある大きな地蔵仏を見上げていると、まさに朝陽の光が後光のように眩しく、縁起の話に準えて、思わずじっと見上げてしまう。その地蔵仏の足元には、片目をつぶったカエルの置物がびっしりと並び、このカエルは世の中から眼の病が無くなりますようにと、地蔵さんに願をかけている姿で、地蔵さんも一苦労してそう。
そんな地蔵さんの横には信州・善光寺と同じような暗闇散歩“戒壇巡り”があり、本堂の裏へ回れば、名勝庭園や裏地蔵、阿弥陀堂には国宝の阿弥陀如来が安置されていて、充分、散策、堪能しました。

黒田安念寺 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:32:31

木ノ本駅に戻り、観光館内所で“観音めぐり”ツアーの受付を済ませ、小ぶりの観光バスに乗っていざ出発。地元のツアーガイドさんと一緒に、木之本周辺の観音様をめぐる今日のお客さんは15人。和気藹々と、遠くは関東から東海、関西と幅広く参加されていて、年齢層は私が一番若い(後厄ですが...)。みなさん、このツアーに何回も参加されている方が多く、それだけ普段、訪れることができないようなマニアックな仏像めぐりなので、評判はいいらしい。
最初に訪れる黒田安念寺は住職を持たない、地元の方が管理されているお堂で、さっそくその方々が出迎えて下さる。
「オー!」と、これぞ、マニアック。
10体あるすべてがほとんど顔や体の原型を留めていながらも、痛みが激しいせいか、十一面観音なのか、聖観音なのか、名札がついているだけで判別するしかない。だが、有る意味、想像力が働き、こんな形をしていたという、自分なりの仏像が出来上がり、その存在はインパクト大。テープで観音様の由来に耳を傾けていると、本尊は聖観世音菩薩で、詳厳法師が開基。この法師が、平安の都で権勢を誇った藤原不比等の子供で、藤原一族の中で職を就いていたが、無実の汚名を受け、世をはかなみ、僧となってこの地に草庵を結んだのが始まりと伝えられている。その藤原一族の末裔が今もこの仏像群をお守りしているそうで、歴史を感じる。
平安時代には七堂伽藍が建ち、大いに栄えていたが、やはりここも信長の兵火にかかり、堂宇を焼失。仏像は村民によって、田の中に隠して難を逃れた。そんな仏像も最初は17体あったが、7体盗難に遭い、村民の虚しさが見える。
この地方には、江州・伊香の33観音霊場があってここもその1つ。御朱印をいただき次へ。

黒田観音寺 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:33:43

来年のNHK大河ドラマは「黒田官兵衛」が主人公。木之本駅には黒田官兵衛の暖簾やパンフレットがあり、観光協会としては今から来年かけて、イベントなどの催しに力を入れているのが分かる。そんな黒田の祖先がいる、この地域にバスは移動し、このツアーの核となる黒田観音寺には本尊の千手観世音菩薩が安置されている。
とはいえ、ここも“寺”ではなく、お堂がぽつんとあり、地元の方々が出迎えて下さる。お堂の中には厨子があり、厨子の扉が開くと「オー!」と皆さんざわつく。
ガイドさんの話によると、行基さんが仏の教えを広めるためにこの地に千手観音像を彫り、お堂を建立したのが始まり。そんでも長い間の戦乱や風雨により荒廃し、寺績が跡形もなく消えうせようとした。そうした時、臨済宗の高僧が訪れ、この尊像を目にして驚き、寺を修復、観音寺を興隆した。この高僧の立派な行いに感動した、保崎谷長者と呼ばれる地元の豪族が浄財を寄進し、寺門の資金に充て、他の人々にも勧めてこの寺に信心するように図った。この保崎谷長者こそ、後の黒田候の祖先であるとのこと。
仏像は千手観音というよりは准胝観音の姿に近く、奈良朝時代の特徴を持った平安朝初期のもの。左右18の御手(腕)を見ていると、筋肉の筋さえ表されているほど美しく、顔は豊満でありながら、目は切れ上がっていて厳か。と思っていたら、頭上の照明を消すと、顔の表情が朗らかに変わる。
ガイドさん曰く、仏像を見るときは人の好みにもよるが、なるべく遠くから眺めた方がその仏像の良さが分かり、仏師さんも、人が座って見上げたときに見える仏像の表情をなるべく表すようにしているとのことで、なるほど、っとうなずく。
そんな仏像をいつまでも眺めながら、こんな立派な仏像が今日まで存在しているということに、改めてすごい!と感心しました。

ウッディパル余呉 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:34:58

あっという間のお昼時。昼食タイムはスキー場や野外キャンプ場も楽しめるウッディパル余呉という施設で休憩。揃って豪勢な昼食にありつくと、不思議な野菜を発見。ガイドさんがこの野菜は「ツブリナ」といって、塩もかけてないのに「ツブリナ」自体に塩味がついていて、人工栽培で農薬を使わず、1年を通して安定した品質を保てる植物らしい。後で、ネットで調べてみると、「ツブリナ」の「ツブ」はツブツブした外観、「リ」はリーフ(葉)、「ナ」は長浜産という語源からネーミングし、ストレスを感じて育つ植物として今も研究開発されているとのこと。(へぇ~)
小鉢には秋の味覚、サツマイモや椎茸類等いろいろあり、携帯コンロでぐつぐつと豚の細切れや白菜、白ねぎ等が入った小鍋で煮る鍋料理とあり、結構ボリュームがある。
お腹も満たされ、しばらく休憩時間の間、丸太小屋の宿泊施設が丘に沿って建っている道沿いにはモミジが色合いを見せ、写真を撮りまくり。もう紅葉の時期なのだなぁ~とおもうのでありました。

洞寿院 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:36:06

余呉町の北東にあたる奥深い妙理の里には洞寿院がある。今は整備された道路が洞寿院へと続いているが、昔は鬱蒼と茂る山奥を歩かなければならず、もう北側の境は福井県で、冬になると豪雪地帯となり、道路の谷沿いには雪が積もった時に目印となるよう、赤い棒状の標識がいくつも並んでいる。
バスは洞寿院山門前にたどり着き、目の前に聳える巨大な杉木立が歴史の趣を感じさせる。
山門をくぐると、境内には背の高いモミジが色づき見頃を迎えていて、正面、本堂兼庫裡の大きな屋根が、やはり、雪用に造られた構造になっていて、昼間なのにもう、山の稜線から太陽が隠れ肌寒い。
畳敷きの本堂に上がると、住職さんによる当寺の歴史や仏像についてお話して下され、ここは曹洞宗の禅寺で、坐禅道場をする修行場。昔は福井県の永平寺の通り道として栄えたそうで、「雲堂」と名づけられた坐禅堂も案内され、背筋が伸びる。人里離れたこの場所で坐禅によって精神を鍛える、いや~、生温い社会で生活している私にとって、一度は経験してしかるべきかなぁ~と思いました。
そしてここは、びわ湖108霊場なので忘れないように御朱印をいただき次へ。

上丹生薬師堂 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:37:27

バスは普通の民家が並ぶ細い道を通り、歩いて数分、お堂にしては大きな造りになっていて、村民が出迎えて下さる。
上丹生薬師堂は長福寺という寺で、興廃を繰り返し、現在は寺院という形態はすでになく、源昌寺の一抹寺となっている。村民たちの手で再建された薬師堂は山車の収蔵庫として使われていて、このお堂自体、県の重要文化財に指定されている。本尊は薬師如来立像で、こちらは国の重文。厨子の中に50年毎に開帳される秘仏といて祀られているので、写真でしか見ることができないが、前立の薬師如来座像や日光・月光菩薩等、拝観できる。村民の方曰く、50年に1度しか拝むことができないので、村民ですら見たことがないと。あと20年ぐらい経ないと開帳しないので、それまで生きていられるかどうかと、冗談を交え話してくれる。20年ぐらいだと、私は60歳前後。定年を迎えるころで、生きていられるか、先のことはわからないが、機会があれば再び、この目で見てみたい。
村民の温かいおもてなしに、一期一会、お体に気をつけて下さいと別れを告げるのでありました。

全長寺 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:38:38

国鉄時代に線路が通っていた「中之郷」駅の看板が、今は虚しく建っているだけの街道筋をバスは走り、全長寺に到着。広大な田畑が拡がる中に、ぽつんと大きな境内がある。山門を抜け、参道を真っすぐ歩くとダルマの石像が目に飛び込んでくる。境内をよく見ると、七福神の石像があちこちあり、新しく整備されたような雰囲気の中、馬頭観音が安置されている小さなお堂に案内される。
寺の奥さんだろうか、この方もこの企画のボランティアガイドを務めていて、説明も慣れたもの。私の記憶があいまいだが、馬頭観音について、ある方は大病を患い、どうしても生きたい、生かせて下さいと観音さまに手を合わせ、御祈祷したところ、病院の検査でレントゲンだったか、MRIだったか、影が消えて奇跡的に助かり、○百万円の寄付があった、というエピソードによって、いかに馬頭観音がありがたい存在であるかを話してくださる。
そのほかに、当寺は毛受(めんじゅ)兄弟の菩提寺であり、後で冊子を読んでわかったことだが、この兄弟、愛知県春日井郡出身。兄の毛受茂左衛門、弟の庄助は柴田勝家の家臣で、弟は長島の戦いで武功をあげ、勝家から名をもらい毛受勝助家照と拝謁されるほどの活躍をした。そんな兄弟も羽柴秀吉と柴田勝家が争った賤ヶ岳の戦い(まさにこの全長寺を境に争った)により、主君を逃すため、自分が勝家であると叫んで身代わりとなり、討ち死にした話は、後生、秀吉によって敵ながらあっぱれ!ということで、この兄弟の親族をわざわざ探し出し、丁重に菩提を弔ったとされている。
本堂へと移動すると、各部屋へと案内され、五百羅漢やダルマの掛け軸等、拝観。お茶のおもてなしを受け、なんか忙しく移動したので、馬頭観音と毛受兄弟以外、頭に入ってきませんでしたが、今まで知らなかったことを知ることができて、百聞は一見にしかずでありました。

光勝庵 - モリゾーのひとり言

2013/11/19 (Tue) 23:39:53

全長寺からバスでちょっと移動し、光勝庵へ。ここも地元の方が出迎えて下さり小さなお堂へと入る。ここの本尊は十一面観音立像で、もとは安養寺に安置されていて、いわゆる昔の神仏習合により、草岡神社という社の境内に安養寺はあり、神宮寺として栄えていたが、明治の廃仏毀釈により、仏閣の取り壊しの憂き目に遭い、円通庵へ遷仏され、この円通庵も氏仏を発起するには手狭であったため、光勝庵へと遷仏された(冊子参照)とある。
十一面観音立像について、地元の方から説明があり、見た目、黒くすすけた様になっているが、焼けたとかではなく、漆箔が施されていて、昔は金箔が貼られ黄金に輝いていたとのことで、今ではうっすらと所々に金箔が残っている。伝え聞くところによると、仏像の足の裏に銘があるといわれていて、作風は定朝風。平安時代中期の仏師で、宇治平等院鳳凰堂の阿弥陀如来や奈良興福寺の仏像などの作品があり、豊満な顔に笑みをたたえた、穏やかな表情をしているのが特徴。
現在、この観音さまをお守りしているのは檀徒の6人だけで、このまま後継者がなくなれば、また他の寺へ遷仏されてしまうのだろうか、と思うと切ないが、一生守られていくこと考えると仕方のないことだろう。
お茶のおもてなしをいただき、窓から見える田畑の平原を眺めながら、ここで賤ヶ岳の戦いが行われ、農民は戦乱に巻き込まれないために近くの山へと逃げる、ガイドさんの説明を思い出し、この土地の風土というものを、十一面観音を守っていくということを通じて、ちょっとだけだが、肌で感じられたかなぁ~と思い、今回もいい旅となりました。

ルイヴィトン バッグ - ルイヴィトン バッグ

2013/11/11 (Mon) 13:27:42

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また8、滋賀の旅 - モリゾーのひとり言

2013/11/10 (Sun) 16:27:58

こんにちは。びわ湖108霊場も大分数をこなし、残り20。近江西国も手で数えるほどに減ってラストスパート...といいたいところだが、まだまだ前途多難。
11月は紅葉の時期に合わせ、紅葉狩りのできるお寺を回る計画を立て、とにかく情報を仕入れることで不安を解消するようにし、万全の準備を整える毎日が日々忙しい。そんな中、10月下旬、湖北を中心に始めての竹生島にも行ってきましたよ~

菅浦 - モリゾーのひとり言

2013/11/10 (Sun) 16:29:22

名古屋から米原を経由し、北陸線、湖西線と、もう南海もこの路線を利用しているので慣れたもの。湖西線、永原駅に到着し、バスの時間まで駅舎で待っていると、観光案内所があったので聞いてみることに。 ...というのも、これから行く菅浦地区にある阿弥陀寺は事前連絡が必要で、前日に何回も電話をしたが留守のようで、留守電にメッセージを伝え、当日も電話をしたが、出ないこともあって一応、案内所の方に尋ねてみる。
「確か阿弥陀寺の住職さん、一週間ほど福○県に出掛けているようですよ」
「えっ!そ、そうなんですか!」
不安がよぎるが、ここまで来たからには行ってみることにし、バスに揺られること30分ほど、終点「菅浦」バス停に到着すると、そこには風光明媚な土地柄だと肌でわかるほど、隠れ里に近い雰囲気を醸し出す。まずは、さっそく阿弥陀寺を目指し民家が並ぶ細い路地を歩いていき、数段の石段を上って境内へ。お一人、境内の掃除をしている人がいたので尋ねてみると、やはりお寺は不在のようで、氏子の方だろうか、慣れたもので、御朱印について逆に説明して下さる。
御朱印は先ほど上がってきた石段の脇にある小さなお堂の中にあり、今、開いているので、志納してその中から持っていって下さいとのこと。本尊の阿弥陀仏にはお会いできなかったが、まぁ、仕方がないと思い、手を合わせ後にする。
次にバスの時間まで2時間はたっぷりあり、菅浦の町並みや湖岸沿いを散策。対岸から見える景色は海かと見間違えるほど静かに波があり、上空を見上げれば、鳶が数羽泣きながら優雅に飛んでいて、なかなか良い。
再びバス停に戻ると、到着時に気にかかっていた須賀神社の鳥居があり、看板に「本殿は石組から舟型御陵と呼び氏子は素足で参拝する」と書かれてある。地元の人にとっては神聖な場所なんだろう、と思い、私は氏子じゃないので靴のまま失礼しま~すと、そこから一直線に続く上り坂の参道を歩いていくと小雨が降り出し、ついに本降りに。まるで神様が上ることを拒むかのように...
「こ、これは祟りじゃ~」
と、思いながらも参道脇に植えられている大きな木を雨宿りしながら上がっていく。すると、屋根つきの手水舎が見えてきて、そこで一時、雨を凌ぐ。その手水舎の横にスリッパ等が置かれた靴箱が備え付けられていて、何やら注意書きが。
「ここより上は身心を清めると共に神域清浄保持のため土足を禁止します」と書いてあり、ここからはスリッパに履き替えて拝殿へと赴かなければならない。手を洗い、靴を脱ぎ、サンダルに履き替えていると、さっきまで降っていた雨が嘘のように止み、神の成せる業か、やはりどこからか見ているのか、な~んて、ふと思いながら段々厳粛な気持ちになる。
ごつごつした石段を上り、拝殿でお参りすると、いつの間にか周りの針葉樹林から光が射し込み晴れ間が...って、ひねくれ者の私は偶然でしょ!っと片付け、菅浦の町並みを遠くに眺めながら旅愁に浸るのでした。

腹帯観音堂 - モリゾーのひとり言

2013/11/10 (Sun) 16:30:31

菅浦のバス停からバスに揺られること15分ほどで、丸子船の館バス停で降りる。歩いて数分のところにある観音堂は、この地域の氏子さんらによって管理・維持されているので、前もって電話連絡で拝観予約をしなければならない。約束の15:00ごろに到着すると、お堂で待っていて下さって、さっそく中に入る。お堂には十一面観音像が真ん中に安置されていて、両脇には毘沙門天と地蔵菩薩が“警護”をしていて、他にも阿弥陀如来等も安置されている。
まずは手を合わせお参り。
腹帯観音堂はその名の通り、腹帯を巻いた十一面観音が本尊で安産や子宝等の御利益があり、あの美智子皇后もお忍びで訪れたことがあるほど、全国から祈願に見える方がいて有名らしい。比叡山延暦寺の開祖、最澄がかやの木を一刀彫で十一面観音を作り、やはりここでも姉川合戦では戦火から逃れるため当時境内にあった蓮池に沈め、難を逃れたとのこと。
びわ湖108霊場の御朱印をいただき、帰り際、気づいたらカメムシが堂内に数十匹とはびこっていて大変。そういえば、永原駅でも観光案内所の人が業者さんと一緒に、カメムシを駆除している姿を目にしたことをお話すると、毎年、この地域ではこの時期、なぜかカメムシが大量発生するらしく、頭を悩ませているようだ。別れを告げ、永原駅までは歩いて20分ほど。電車の時間にもまだ余裕があるので、近くの丸子船の館の施設を見学。外からガラス越しに一艘の大きな船が展示されている建物が印象的で、丸子船についての歴史を探る。
琵琶湖は古来より、京阪神への水源であると同時に重要な交通の要衝で、流通に盛んであった。そんな時代の流れによって丸子船は琵琶湖特有の形状進化をした船となり、波に乗るように船底を平べったく、帆柱を後ろに、積荷を船首から帆柱あたりまで積める造りになっていて、江戸時代は特に運搬が盛んだった、歴史がある。
館内は丸子船をはじめ、ジオラマや備品の展示など、丸子船がいかに琵琶湖で活躍したかがわかる。
この地域の人たちはびわ湖という大きな存在とともに、一緒に歴史を刻んできたんだなぁ~と思うのでありました。

竹生島(1) - モリゾーのひとり言

2013/11/10 (Sun) 16:31:51

JR湖西線、近江今津駅近くのホテルに宿泊し、翌日、歩いて数分の今津港へ。事前に琵琶湖汽船のホームページから予約し、ちゃっかり、割引用のパンフを印刷した用紙を窓口で見せ、料金を1.5割引してもらう。今津港から竹生島までのクルージングは約30分。その間船内では、琵琶湖の歴史や竹生島宝厳寺についてアナウンスやビデオで紹介していて、琵琶湖が昔、三重県の上野市あたりまで広がっていたことや、滋賀県の国土の3分の1(だったかな?)の湖、同県の瀬田川へと注ぎ、京都府の宇治川、大阪府淀川、大阪湾へと流れていくことなど改めて「へぇ~」と感心する。
船は竹生島の港に接岸し下船すると、TV等の映像で見た宝厳寺の境内は広がり、遠くには急勾配の石段を上る人の姿が見える。
2、3件のお土産屋さんを素通りし、入山料を自動販売機で購入。いきなり壁(?)のような石段を上りきると、左手に立派な弁財天堂(本堂)があり、さっそくお参り。堂内には行基が彫刻した本尊の大弁財天が安置されていて、参拝場所に弁財天が左右2体鎮座していて、参拝者を見守っている。賽銭箱横には真っ赤なミニダルマが積み上げられていて、「幸せ願いダルマ」と言って、お願い事を書いた紙をダルマの中に納め、本堂に奉納する願掛けで、御利益にあやかろうとする人が大勢いると垣間見えてくる。
納経所へ行き、西国、大弁財天、びわ湖108の御朱印をお願いしていると、同じ参拝客のご老人が話しかけてきて、びわ湖108霊場について談笑。やはり、湖南や湖東は全部回りやすいが、湖北と湖西は根気がいるとのこと。その苦労を知っているだけに話が盛り上がり、納経所の人も巻き込んで話が弾む。別れを告げ、宝物館を拝観し、そしていよいよ唐門・舟廊下へ。

竹生島(2) - モリゾーのひとり言

2013/11/10 (Sun) 16:33:10

国宝の唐門は、秀吉を祀った京都東山の豊国廟に建っていた「極楽門」を豊臣秀頼の命により片桐且元を普請奉行として移築されたもの。そして、平成18年にオーストリアにあるエッゲンベルグ城にて「大坂城図屏風」が発見され、その絵の中に、「極楽門」の前身であったと伝えられている大坂城の本丸北方に架けられていた「極楽橋」の姿が描かれており、その絵図から判断して、唐門は秀吉が建てた幻の大坂城の唯一の遺構であるのは間違いないのではないかと言われている。一方、重文の舟廊下は朝鮮出兵のおりに秀吉公のご座船として作られた日本丸の船櫓を利用して作られたところから、その名がついている。(冊子参照)
石段を下っていくと竹生島の港が見下ろせ、その左手(東側)に唐門がある。檜皮葺屋根は苔が生え、それがかえって歴史の趣を感じることができ、唐破風の下に彫刻された装飾など、これがそのまま大阪城の極楽橋にあったことを思うと、「ほーっ」とうなずいてしまう。
唐門から入り、舟廊下を“渡る”とまさに舟の中にいる気分。両側にいくつかの格子の窓があり、低い天井は屋根裏のように覆い、まっすぐに続いている。現在、舟廊下の屋根は修復工事中で、その工事現場も見ることができ、作業員が茅葺屋根に乗って釘を打っている。先ほどの唐門も近々、修復工事に入るとのことで、完成は平成31年3月予定。ちょうどいいタイミングで訪れたのは運がよかったかもしれない。
舟廊下を抜けると観音堂があり、お参り。そして、道なりに進んでいくと都久夫須麻神社の拝殿があり、ここでもお参り。当神社は拝殿がブルーシートに覆われ修復工事中で、宮司さんは外の狭いスペースで“店番”をしていて窮屈そう。御朱印をお願いし、「かわらけ除け」といわれる、いわゆる目標物に小さな瓦を投げて当てる、もしくは穴などを通り越せば厄除け成就という全国の寺社にはよくある“遊び”(いやいや、立派な神事です)があるのでちょっと見に行くことに。修復工事中のベニヤ板で囲まれた通路を進んでいくと、ぽっかりと開いた窓から潮風ならぬ湖風(こんな言葉あっただろうか)が吹き、外を見下ろすと大量の瓦が鳥居の周り一帯に散乱していて、人々の的を射た願いなのか、的を外した怨念か、人々のそれぞれの想いが積み重なっているように見え、早々に立ち去る。
元来たお土産屋さんのところで暇を持て余し、約1時間ちょいの散策、充分堪能しました。

海津大崎 - モリゾーのひとり言

2013/11/10 (Sun) 16:34:19

今津港に戻るとお昼時。観光船のりばの2階に食事処があり、ランチを注文。帰り際、レジで店員さんからハロウィンのお菓子をいただき、こういうちょっとしたプレゼントが嬉しい。
JR近江今津から湖西線マキノ駅へ移動し、湖国バスでびわ湖108の26番、正行院へ行く。御朱印をいただき、バスの時間まで近くの湖岸沿いを散策。
湖岸沿いには桜の木がずらりと並び、今は桜の葉が赤く色づいている。北東方向へそのまま歩いていけば海津大崎へとつながり、近江西国9番、びわ湖108霊場の25番の大崎寺があるが、桜が咲く春まではおあずけとし、途中まで下見。旅行会社の広告には春先に海津大崎を巡る遊覧船等の花見ツアーがあるほど、桜の名所としても有名で、この桜の枯木の風景を眺めていても、咲いたときの桜並木が想像でき、春まで待ち遠しい。そんなことを思いながら、釣り人や散歩している人がいる風景を眺めながらびわ湖のように穏やかな昼下がりをしばらく過しました。

また7、滋賀の旅 - モリゾーのひとり言

2013/11/08 (Fri) 14:58:40

10月上旬。台風が次から次へと日本列島にやってくる季節だが、な~んか、台風を気にしすぎて、いつ晴れるのか、いつ行けるのか、、、っと、TVの天気予報ばかり見てしまう。
さて、びわ湖108霊場も徐々に数をこなす日々だが、今回は日帰りで行ってきましたよ~

西野薬師堂 - モリゾーのひとり言

2013/11/08 (Fri) 14:59:50

JR北陸線の高月駅に到着し、事前に予約を入れておいたコミュニティバスに乗り、揺られること10分ほど。西野薬師堂に着くと囲いのない境内があり、ポツンポツンとお堂や祠がある。寺務所のような小屋には誰もおらず、窓ガラスに“拝観希望の方はこちらまで”と電話番号が書いてあり、さっそく電話してみる。「・・・」出ない。
やはり前日に予約の電話を入れておけばよかったかな?と思いながら、とりあえず境内にある祠や力石などの説明書きを一通り読んであちこち散策していると、「拝観に来たのかね」と年配の方が近づいてくる。
「はい、先ほどお電話したんですけど...」
「あー、境内をウロウロしている人が(窓から)見えたので、電話を取るまでもなく(ここへ)来たんだよ」
その方は薬師堂を管理されている方で、曜日によって管理する順番が決まっているらしく、たまたま近所にお住まいのよう。恐縮しきりで言われるがままお堂の中へと入る。お堂の中には十一面観音立像と薬師如来像の2体が安置されていて、そんなに仏像に関して詳しい知識もないが、ず~っと見ていても飽きないほど、何とも言えないいで立ちで素晴らしいの一言。管理の方にいろいろお話を聞いていると、その昔、度重なる戦乱で荒廃し、浅井氏の兵火にかかって堂宇を焼失。集落の人々によって仏像を土に埋めて隠し、難を逃れたとのこと。
そんな貴重な仏像が奥びわ湖と呼ばれるこの地方には数多く所在していて、この地方では“観音めぐり”と称して4月上旬ごろに無料でバスが巡回、各寺の拝観料も無料になる1日があるらしく、それはぜひ行ってみたいイベント。普段なかなかお目にかかれないこともあって大盛況のようで、いつかは訪れてみたい。
拝観を終え帰り際、管理の方に正妙寺というお寺が北へ400m(だったかな)ぐらい歩けばあり、そこも電話をすれば拝観できるとのことで、予約したバスの時間が微妙なので、とりあえず電話はせず行ってみることに。矢印を示す案内を辿っていくと、日枝神社の鳥居が見えてきて、立派な社殿が建っている。手を合わせ、境内に咲いている彼岸花をカメラに収めていたせいか、時間がなくなり結局、正妙寺へは行けずじまい。後日、どんな仏像が安置されているか、たまたま駅前のパンフレットを持ち帰った中に掲載していて、足が千本もある十一面千手千足観音立像の写真が載っていてビックリ。こんな変わった仏像があるとはつゆ知らず、また機会があれば訪れたいと悔やむのでした。

渡岸寺観音堂 - モリゾーのひとり言

2013/11/08 (Fri) 15:01:09

高月駅に戻ると、歩いて10分ほどにある渡岸寺観音堂へ。境内は広く大きな駐車場も完備されているところを見ると、やはり有名なお寺らしい。“やはり”とは駅前のパンフレットの情報に、国宝の仏像があることを知り、その情報だけで来たので、どんなお寺なのかもわからない。
受付で拝観料を支払い本堂へと上がり、まずは手を合わせる。国宝の十一面観音は宝物館に納められていて、さっそく移動し中に入る。っと、「オーっ!」と声には出さないが、国宝級といわれるだけあって、たおやかな体の曲線でありながら、その重厚さというのだろうか、素人の私でも何となく“違う”というのがわかる。しばらく拝観をしていると、係りの方が館内にある仏像の説明をしてくださり耳を傾ける。
全国で国宝に指定されている十一面観音は6体で、その中で一番美しい姿をされているのがこの観音さまらしい。十一面の中でも後頭部にある「暴悪大笑面」というまさに悪魔の笑顔かとおもわせるような面は、人の裏に潜む表情を表しているのか。まぁ、なんといっても仏像の背面まで拝観できるというのがいい。大体、お寺の仏像は壁を背にして正面からしか見られないが、ここは360°ぐるりと国宝を拝むことができ、十一面すべての特徴を捉えることができる。なので、一回りしてその細部にまで目が届き、十分に堪能できる。
冊子によると、渡岸寺観音堂は最澄が勅を奉じて七堂伽藍を建立し、多くの仏像を安置していたが、浅井、織田の兵乱によって兵火にかかり、堂宇を襲い、その後、向源寺として建立したとある。京へのぼるにはこの地を支配することが当時の要だったので、戦国の兵乱によってほとんどの堂宇を失ったお寺は、滋賀県には数多くあり、そして人々もまた、仏像を守ろうとする信仰心が強かった、この土地柄の風土をこの十一面観音によって学ぶことができた気がしました。

小谷寺 - モリゾーのひとり言

2013/11/08 (Fri) 15:02:32

高月駅に戻り、1駅南の河毛駅で下車。コミュニティバスに乗り、小谷城歴史史料館バス停で降りると、小谷山と虎御前山が見え、それぞれ前者が浅井氏の居城跡、後者が姉川の戦いで織田信長が布陣した場所が実際にこの地を駆け巡ったと思うと、歴史の趣を感じる。
バス停から300mぐらい歩くと歴史史料館があり、さっそく見学。規模は小さいが浅井家に関する資料や小谷城跡のことなど展示されていて、再認識。まぁ~、ほとんどの人が小谷城跡への登山客なので、その手助けをする案内所といったところだろうか、登山ルートの地図や注意書きが壁に貼ってある。
今回の私の目的はびわ湖108霊場の小谷寺なので、とりあえず、そこへ目指して移動する。小谷山の稜線を眺めながら、少しは当時の人の気分になって15分ほど歩く。田畑が広がる平地に、東へ一本の桜の木が並んでいる参道があり、そこへ進んでいくとお堂がぽつんと見えてくる。
小谷寺は浅井家の祈願所として栄え、小谷城築城のため小谷城下に移転し、小谷城落城時に寺院は消失。その後、秀吉の許しを受け再建。お市が柴田勝家に嫁ぐ途中、小谷寺に立ち寄り厨子を奉納したとのこと。(ネット参照)
お参りを済ませ御朱印をいただき、もと来た道を戻ると、下山をした登山客と大勢すれ違い、ベンチで休憩。その中に私も混じって、登った体(てい)で、ベンチで休憩。ほとんどの人は安堵の表情を浮かべ、登山に満足している様子。近くには、2年前のNHKの大河ドラマ「江」の放映記念の、浅井家の家紋をあしらった巨大な「兜」のオブジェがあり、記念撮影をしている人がいたりして、まだまだ人気は絶えないようだ。


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